アメリカンミッドセンチュリーデザインの代名詞とも呼べるイームズ夫妻のイームズシェルチェアはまぎれもなく名作家具です。
その見た目のキャッチーさに目を奪われがちですが、座面の裏の構造について考察を書きます。
イームズチェアのショックマウントとは
イームズシェルチェアのオリジナルヴィンテージ品の座面裏を見るとゴムのショックマウントが付いています。
脚を取り付けるためのパーツですが、よく考えられた構造です。
FRP(ファイバーグラスプラスチック)素材を使ったシェルチェアの座面にショックマウントを接着して脚をネジ留めするという手法は、イームズ夫妻が以前にデザインしたプライウッドチェアと同じ構造を踏襲したものです。
(EAMES office HP http://www.eamesoffice.com/the-work/molded-plywood-chair-prototypes/)
イームズ夫妻としてプライウッドチェアを作り上げる前には、チャールズ・イームズはエーロ・サーリネンとプライウッドチェアの開発に取り組んでいました。それが上写真の試作品です。
プライウッド製の椅子自体は1800年代から存在しており、チャールズもアルヴァ・アアルトのプライウッド製チェアを参考にしていました。
当時チャールズとエーロが共同で作り上げたデザインは既に後のプライウッドチェアの片鱗が見られますが、脚と椅子座面はネジを貫通させて固定をしていました。
当時としても椅子の構造としては普通のことではありましたが、チャールズは座面に鋲が見えないようなデザインの開発に取り掛かりました。
そのうち第二次世界大戦がはじまり、戦時中にプライウッドを使ったレッグスプリント(添え木)の製造販売に勤しむ傍ら家具の研究は欠かさないようにしており、大戦が終わってから本格的に家具の製造を始めることとなります。
イームズ夫妻は大戦中のレッグスプリント(と販売会社ごと)の販売により資金を得ており、また、製造に置ける軍事技術を得たことが家具作りにも活かせる強みを持っていました。
そうしてプライウッド製のイスやテーブルなどをデザインしており、ニューヨークで展示会をするのですが、この時にプライウッドチェアの座面裏にショックマウントを接着するデザインにしています。
ゴム製のショックマウントを座面裏に貼りつけることで、椅子座面表面には鋲もつかず穴も開けません。木目が一体化された美しい座面を楽しむことが出来ます。
また、ショックマウント自体が弾力を持つことで、合板の椅子の柔軟性の乏しさを解消することで座り心地の良さを実現しています。
ショックマウント内部にはナットが入っていることで、脚の交換はネジを付け替えるだけというシンプルに簡単なものとなり、製造、物流、保管スペース、汎用性、すべてにおいて優秀なデザインとなりました。
画期的なこの構造は、このままシェルチェアの開発にも活かされ、背と座を一体にしたファイバーグラスプラスチックシェルチェアもそのまま座面裏にショックマウントを接着する手法をとっています。
初期はビッグショックマウント(ラージマウント)という巨大なマウントを装着しており、50年代中盤頃からは馴染みのあるサイズのショックマウントに変更されました。
さらに、プライウッドチェアの時にしなかった脚のバリエーションの増加をすることにより、さらに広い環境へとセールスをすることが出来ました。
後のデザインに大きな影響を与える画期的な椅子となったわけです。
このショックマウント構造は一見完璧ではあるのですが、「ゴム製の素材」と「接着をしている」という二点が長く使うには不安が残るものでした。
ゴムは劣化をすることで硬くなり割れることがあり、接着剤が剥がれることでショックマウントの剥がれも起きました。
それからシェルチェアのアプホルスター(生地張り)仕様だけはショックマウント構造を辞めて、座面に穴を開けて座面ごとナットで固定する手法へと変化しました。
座面に穴は開いてしまうのですが、表面にウレタンと生地を張ることで隠すことが出来るからです。
頑丈さもありつつショックマウントの剥がれが起きない構造です。その代りゴムの弾力はなくなることで柔軟さはなくなっています。
後年の日本製シェルチェアはアプホルスター仕様だけをラインナップにしていたのですが、破損によるクレーム対策というのもあったのかもしれません。
(もちろん法人向け需要が中心だったのでニーズに合わせてというのも理由の一つです。)
それでもショックマウントは簡単に破損するようなものでもなかったので相変わらず人気はあり販売も続けられましたが、米国では80年の終わりに環境への憂慮を理由に製造を終了しました。
それから時は経ち90年の終わりにヴィトラ社がイームズオフィスと契約をしてシェルチェアの復刻製造(リプロダクト)をすることとなりました。
その際に素材をポリプロピレン製にしただけでなく、ゴム製ショックマウント構造を辞めて座面下部に出っ張りを作りそこにナットを入れる構造へと変化させました。
ポリプロピレンの表面はざらざらしていることで接着剤で張り付けても”ノリ”が悪いということもあるのですが、それよりもゴム製ショックマウント構造による破損を気にした結果でしょう。製造コストもショックマウント式は手作業となり上昇することも要因です。
この構造ならショックマウントの剥がれというのは起きません。
その代り、脚と座面の柔軟性が失われたことで、当初イームズ夫妻がデザインしたシェルチェアとはまた異なった椅子と呼べます。
それから時は経ち2014年にはハーマンミラー社がとうとうファイバーグラスシェルチェアを復刻し、そこでゴム製ショックマウントも戻ってきました。
これはオリジナルデザインを踏襲した結果であり、最もイームズ夫妻のデザインに対して忠実といえます。
現代の技術を使い、昔のゴム製ショックマウントより強度も増したことで強くなっています。
それでも破損はたまにあります。
不便なところもあるのですが、ゴム製ショックマウントがイームズ夫妻の家具のフィロソフィーを感じるため、そこは変えずに当時のデザインのまま製造販売が続けられているのは良い心意気だと思います。
現代の椅子作りはゴム製ショックマウント構造にしなくてももっと良い構造の物が作れますが、それでもこのゴムショックマウントでの椅子デザインがイームズ夫妻の名作たる部分を感じる優れたものです。
ところで、日本のヴィンテージ業界ではこのシェルチェアのショックマウントの修理ができる人たちがどんどん減っていっているため、日本では数えるぐらいになってしまっているのではないでしょうか。少なくとも現役で商売をしている中ではですが。
いずれショックマウントの修理という技術が失われるのでしょうね。
その時にイームズのヴィンテージ家具という文化が終わりを迎えるのだと思います。
私もイームズシェルチェアの修理もできますし、他の家具についても構造や修繕など知識を持っているのですが、それを伝える相手がいないのでいずれは失われるものです。
私は自分のお客さんたちのフォローしかしていませんが、そのうち誰かに受け継がないといけないことなのかもしれません。
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