イームズがいたから駅のプラスチックベンチが生まれたんです

このサイトをご覧の方々の多くは「イームズ」と聞けば何かがすぐにわかると思います。

「イームズ」といえば「チャールズ&レイ・イームズ夫妻」のことですから「イームズ」はデザイナーの名前ですね。

もちろん世間的に「イームズ」は認知度が低いと思います。

実際、家具やデザインに興味が無いと知る機会もないです。

でも、上写真のイームズシェルチェアは見たことがある人はわりといるはずです。

しかしイームズを知らない人がシェルチェアを見ると『駅のベンチみたいだね』とか『球場の椅子みたい』といった感想が出てきます。

こういのですね。

これは逆なんですよ。イームズシェルチェアがあったから駅のプラスチックベンチが生まれたんです。

ストーリーを書きます。

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それまでの日本の駅のベンチは金属と木製が主流でした。

いつ頃からプラスチック製のカーブした座面が特徴な駅のベンチが使われたかですが、正確な導入年数まではわかりませんが50年代末期~60年代初期のことです。

流れはこうです。

1948年にイームズ夫妻がGFRP製のシェルチェアを完成をさせてハーマンミラー社からイームズシェルチェアとして発売されました。

GFRPとはGlass Fiber-Reinforced Plastics の略称で、ガラス繊維をプラスチックに混入させることで強度を向上させた複合材料のことです。

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それから1956年にチャールズ・イームズがイサム・ノグチを介して日本にアームシェルチェア2台を送ります。受け取り主は剣持勇でした。

剣持勇はヤクルトの容器をデザインした人です。家具デザインの名作もいくつも残しました。

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日本に初上陸したシェルチェアを元に、剣持勇は日本製のFRP製チェアの製作に乗り出します。

その際に製造メーカーとしてパートナーシップを結んだのが株式会社寿商店(現:コトブキシーティング)でした。

試行錯誤の末、同年1956年に日本で最初のFRPチェアが完成します。

完成したFRP製チェアはイームズシェルチェアと似た形になりましたが、これはただ形を真似をしたわけではなく、当時の技術者の話によると「プラスチックの素材を活かし強度とともにデザイン性を求めるとこの形になる」というものです。

完成したFRPチェアは当時の日本で多数を占めた”床に座って生活する住宅事情”には合わなかったために、公共施設といった不特定多数の多くの人が使う場所へ販売がされました。

そうして良く見かける駅のベンチとして採用されることになるわけです。

頑丈で水にも強く、座り心地も良くデザインも良いということで重宝されます。

コトブキショー

1965年には一般向けにも普及しつつあった椅子に座る生活様式に向けた提案として椅子のコトブキショーが行われるなどプラスチックのチェアが市民権を得てきました。

だからイームズシェルチェアをみて駅のベンチみたいではなく、イームズチェアがあったから駅のベンチが生まれたんだという認識を覚えてもらうと話のネタぐらいにはなるかもしれませんね。

今のシェルチェアは素材もカラーも増えましたので、もはや駅のベンチ感は薄いと感じます。

家具の歴史を辿っていくと発見がいろいろあって楽しいですよ。

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軽量で安価で量産できるのがイームズシェルチェアの特徴です。 しかし「正規品は高すぎる」「安価じゃない」だから模造品の方がイームズの意思を体現しているという誤った認識があります。 それは誤解です。イームズシェルチェアは現在も安価な椅子です。

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