パントンチェアで有名な北欧の奇才ヴァーナー・パントンのストーリー


Verner Panton (ヴァーナー・パントン)
1926 – 1998

デンマークの20世紀を代表するインテリアデザイナーのひとりですが、ストーリーに曖昧だったり不明瞭なことが多いです。
なぜかVERPAN本国の人から聞いた内容と、東京で2009年にあったヴァーパン展と食い違う内容があったり資料に乏しかったり。

しかし自信ないのに書いてしまうという無謀さです。

以前まではヴェルナー・パントンと表記されていました。

スポンサーリンク
レクタングル(大)広告




1926年に彼はデンマークで生まれました。

1944年にオーデンセ工科大学に通ったあと、1947年からデンマーク王立美術アカデミーで建築を学びます。

1950年から二年間か四年間のどちらの説もあるのですが、その期間アルネ・ヤコブセンのアシスタントをしていました。

デンマークのモダニスト「アーネ・ヤコブセン」のストーリー
デンマークのSASホテルを手掛け、同時に数々の後の名作チェアを世に残すスカンジナビアンデザインの巨匠です。 建築家としてもデザイナーとしても実力のある人物でした。それがアルネ・ヤコブセン。

アントチェアをデザインしたのはパントンだって話があります。

控えめに言ってアントチェアの開発に携わったかもしれません。諸説あります。

アントチェアのストーリーと真のデザイナーはヤコブセンではない?
フリッツハンセン社が現在も製造販売をするアルネ・ヤコブセンの名作椅子「アントチェア」。 その椅子が出来上がるまでのストーリーと、本当のデザイナーの話です。

そしてこの話はいつのことかはわかりませんが、実はポール・ヘニングセンの娘と半年だけ結婚していたそうです。

ポールが義理の父でしたので、その間にデザイン、家具、建築関係の人たちをいろいろ紹介されたそうです。それで様々なコネクションを得たみたいですよ。

後にマリアンヌと結婚をして生涯をともにします。(年数不明)

1950年代中盤にはヨーロッパをバントラックで放浪します。

最終的にはスイスのバーゼルが気に入り、自身の事務所を設立してて長い月日をその場所で過ごします。

1968年(だったり1970年だったり)にケルン国際見本市にて「ヴィジョナ2」という展覧会で前衛的な空間を発表します。

彼のもっとも有名な展示ですね。

この作品は他にはないあまりにも奇妙で洗練された光景だったので人々に衝撃を与えました。

パントンは当時の他のデザイナーや建築の流れには沿わず、常にニューマテリアルを模索していました。
色彩にも常に注意しており、当時、まず色彩を研究して、それを心に訴えかけるものをしたのはパントンが初めてだと言われています。

建築、内装、家具、デザインと多くの独創性あふれた作品を発表しました。

ところで、最近までパントンはデンマークでもあまり評価されていなかったらしいです。(VERPANの人談)

1998年にデンマーク女王よりデンマーク国旗勲章を授与され、同年デンマークのミュージアムで彼自身の展示会が開かれたことがきっかけに評価されだしたそうです。

彼本人もこの展示会のキュレーターを務めたのですが、残念ながら開催の10日前にコペンハーゲンで亡くなりました。

いま彼の作品はVitraとVERPANにて正規復刻しています。

VERPANについては妻のマリアンヌ・パントンが監修に携わっています。

ヴァーパンはパントンの正規復刻メーカーです
ヴァーナー・パントンのプロダクトを正規製造復刻しているのがヴァーパン(VERPAN)です。 妻のマリアンヌが監修に携わっており、本当の復刻といえます。

Vitraはパントンチェアを確か、ハーマンミラーのバーゼル工場で作ったことから始まったんでしたよね。

プラスチック一体成型の名作椅子「パントンチェア」のストーリー
プラスチック一体成型で製造された椅子としては世界で初めてのパントンチェアは複雑な経緯で製品化されました。 おそらくもっとも詳しく説明していると思います。

彼の作品をうまく空間に取り入れると格好良いです。

スポンサーリンク
レクタングル(大)広告