テキスタイル、建築、家具をデザインした「アレキサンダー・ジラード」

以前は”アレキサンダー・ジラルド”と表記をしていましたが、現在は”アレキサンダー・ジラード”表記に変更をしています。

Alexander Girard (アレキサンダー・ジラード)
1907 – 1993

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1907年 彼はニューヨークで生まれました。

都会っ子です。

年数があやふやですが、18歳ぐらいの時にヨーロッパへ渡ります。

1929年 ロンドンの建築系の大学を卒業します。
同じ年、スペインのバルセロナ万国博覧会で金賞を受賞しました。
バルセロナ万博ではミース・ファン・デル・ローエがバルセロナパビリオンを手掛けています。

バルセロナチェアでとくに有名なミース。その彼自身のストーリーを理解すると、彼自身が巨匠ということがわかります。

ジラードは22歳のときにそれほどの評価を得るほど優秀な人材でした。
1930年にはフィレンツェに自身の事務所を構えているほどです。

1932年 ニューヨークに戻り、自分の事務所を再スタートしました。

1935年 ニューヨーク大学に通います。

1937年 ミシガン州のデトロイトに事務所を引っ越ししました。

この間はフォード社のオフィスや、リンカーン社のカフェテリアを手掛けるなどその実力を買われており、エーロ・サーリネンが設計していたGM研究所のカラーコンサルタントとして仕事をするなど、建築家として、デザイナーとして多くの実績を残しています。

1952年 ハーマンミラー社のテキスタイル部門のデザインディレクターに就任します。
ハーマンミラー社と関わる前から彼はチャールズ・イームズとは友人関係にありました。

イームズと、そしてネルソンの推薦によりハーマンミラー社のテキスタイル部門を任されることになったそうです。

1953年 ニューメキシコ州のサンタフェに事務所を引っ越しします。

自宅もデザインしました。
同年には、ミシガン州グランドラピッズのハーマンミラーのショールームもデザインします。

1958年 ハーマンミラーサンフランシスコショールームをデザインしました。

1960年 ニューヨークにメキシコ風レストラン「ラ・フォンダ・デル・ソル」をデザインします。
彼の代表作です。

テーブルとチェアのデザインはイームズに依頼しました。後にハーマンミラー社から製品として発売されます。

背もたれが低いシェルチェアといっても良いイームズラフォンダチェアはレストランのためにデザインされました。 アレキサンダー・ジラードとイームズ夫妻による共同のデザインです。 特徴的なデザインについて書きました。

1961年 ニューヨークにTexilte & Objects(T&O)をオープンしました。
ファブリック、テキスタイルを小売りすることをメインとしたお店でした。

当時としては斬新なテキスタイルグッズを展開していました。

1962年 自身のコレクションに番号を付けてジラードファウンデーションを設立しました。
彼は民芸品(フォークアート)やおもちゃが大好きで、相当な数のコレクションを保有していました。最終的には10万点以上あったそうです。

1965年 ブラニフ航空の全体デザインを担当します。
ブラニフは伝説ともなっている航空会社です。

内装から家具から機体から何もかもが前衛的で優れたデザイン構成をしていました。
ブラニフにはエメリオ・プッチもアパレル部門で関わっています。

1982年 サンタフェの美術館に1978年に寄贈していたコレクションをジラードウィングとして一般公開を開始します。

1993年 亡くなります。

ジラード=ファブリックというほどテキスタイルのイメージが強い人が多いかもしれませんが、実際には建築、インテリアデザイン、家具と幅広く仕事をしていました。
フォークアートコレクターとしても当時から有名で、独特の感性から織り出される世界観が魅力の人です。

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