ボビーワゴンを生んだイタリアンデザインの天才ジョエ・コロンボとは

Joe Colombo (ジョエ・コロンボ)

1930/7/30 – 1971/7/30

ルネサンス期において、誕生日と死亡日が一致する人は正確に閉じた円を描くがごとく、完璧で豊穣な人生を送った神に選ばれし人間と信じられていたそうです。

ジョエは短期間で革新的なデザインを次々に作りあげたまさに天才です。

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イタリアンデザインを駆け抜けた天才

ジョエ・コロンボは1930年にミラノの電気機器工場を所有する企業家の家に生まれました。

1948年にブレラ・アカデミー(美術大学)に進学。

アンフォルメル(抽象表現主義のひとつ)の一派に属し、1951年にはフォンタームやムナーリらと美術展に作品を出展していました。

しかしジョエの好奇心はアートだけでは不十分と感じるようになったらしく、建築やデザインに関心を示すようになります。

DANESEとも縁が深い「ブルーノ・ムナーリ」のストーリー
デザイナー、画家、彫刻家、絵本作家、教育者と様々な顔を持つイタリア人デザイナー。 ダネーゼとの関係も深く、イタリアンデザインを黎明期から活躍した人物です。

1953年にはミラノのジャズクラブのインテリアデザインを手がけます。

これがきっかけとなり、その後に美術展の会場やブースをデザインするようになり、1956年にはミラノ市内に初の建築作品を完成させています。

1959年に父親が亡くなると工場の経営を引き継ぎます。

そこで会社経営と工業製品の製造を体験することで彼のデザインに対する好奇心はさらに刺激を受けたそうです。

しばらくして工場を売却し、1963年に自身の設計事務所を設立しました

当時のイタリアは、プラスチックをはじめとする新素材が続々と登場してきてたことで、デザインの可能性が広がりゆく時代でした。
建築やデザインといえば、戦前からのバウハウスを源流とする合理主義デザインの影響が色濃く残っていましたが、彼は既存のスタイルとは無縁に自由な創作活動を展開しました。
その為、企業や人々の間では高い評価を受けはいましたが、同業者からは冷たい視線で見られていたらしいですけど、この評価が本当かどうかは私も知りません。

彼は多彩な人間で、通常ほかの建築家たちが一年に一つか二つのプロダクトしかこなさなかったのに対して、ジョエはその10倍以上ものプロジェクトを抱えていました。
海外のメディアではジョエをイタリアのモダンデザインを代表するデザイナーとして紹介していました。

1971年、設計事務所を設立してわずか8年後にジョエさんは急逝します。

41歳の若さでした。
デザインを手掛けるようになってから10数年で手掛けたデザイン、建築プロジェクトは300を超えており、尋常じゃない仕事量はまさに天才というほかありません。


みなさんに一番馴染みがあるのはボビーワゴンでしょうね。
このワゴンは1970年ですので、かなり晩年の作品でもあります。

形が変わり製造メーカーも変わり、今はイタリアのB-LINEが正規販売しています。

【今と昔で評価が違う】ボビーワゴンの印象は日本でどう変わったか
ジョエ・コロンボの名作ボビーワゴンは今となっては一般的なカジュアルな収納家具ですが、それ以前は違いました。 このでどうやってボビーワゴンが変わっていったのかを書きました。

名作家具をいくつも残して入り、ジョエの妻の名前を付けた椅子も存在します。

ジョエ・コロンボの妻をイメージした椅子「エルダ」
ボビーワゴンで有名なデザイナーであるジョエ・コロンボの傑作デザインです 妻の名前を付けた包容力のある椅子です。

イタリアンモダンデザインを語るには外せない人物です。

ジョエ・コロンボの代表作照明「スパイダー」
スパイダーランプはイタリアンモダンデザインの中で傑作の呼び声が高い名作照明です。 ボビーワゴンのデザイナーらしく可変多機能が売りです。

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