この2脚は日本に初めて上陸したチャールズ&レイ・イームズ夫妻がデザインをした「イームズアームシェルチェア」です。
1951年に彫刻家であり当時ハーマンミラー社のデザイン顧問でもあったイサム・ノグチが、工業デザイナーの剣持 勇 氏と画家の猪熊 弦一郎 氏に贈ったものです。
当時革新的かつ画期的なこのプラスチックチェアが日本に届いたことにより、日本のプラスチック家具文化が発展をして駅のベンチが生まれたという経緯があります。
2脚の日本初上陸のイームズシェルチェア
アームシェルチェア ロッカーベース (RAR)
この椅子が日本に届けられた経緯はこうです。
1950年に剣持 勇 氏は竹製の椅子の開発に取り組んでいました。
剣持 氏は名前が同じということでイサム・ノグチと親しくしており、竹製の椅子も共同で開発に取り組んでいました。
ノグチはここで開発した竹製の椅子をもって米国に帰国しチャールズへ竹製の椅子を見せることとしました。
その椅子を改良するためのサンプルとしてチャールズはノグチへ2台のアームシェルチェアを渡しました。
ノグチはそれを日本へ送り、キャッツクレイドルベースのLARは剣持 勇 氏の元へ、ロッカベースのRARは猪熊 弦一郎 氏の元へ届けました。
RARは長年、猪熊 氏のアトリエで愛用され「画家のおもちゃ箱」でも紹介されています。
アームシェルチェア キャッツクレイドルベース (LAR)
剣持 氏はこの椅子を見た時に感動を覚え、日本でもプラスチック製の椅子の開発ができないかと考えました。
そして当時の社名である株式会社寿商店 と協力してプラスチックチェアが出来たことで何処でも見かける駅のベンチが誕生したわけです。
今回掲載しているシェルチェアがまさにその本物の2脚です。
70年も前の椅子だと考えると歴史を感じますね。
1951年に贈られたということは、製造は1949-1951年だと思われます。
アームシェルチェアの座面裏エンボスを見る限り、ゼニスのステッカーが貼られたロープエッジの初期シェルチェアです。そう考えると1949年製造ですね。
ハーマンミラー社がゼニス工場を買収する前の個体です。
これが無事に現代まで残っているというのはすごいことです、そしてこの椅子の頑丈さを実証しています。
マウントの再接着の跡がないのは特に感心します。ビッグショックマウントがキレイについたままです。
ロッカーベースも溶接も残っているのすごいです。
まだこの年代はサイドシェルチェアは販売されていません。
イームズシェルチェアは意外に思われるかもしれませんがアームシェルチェアだけ製造販売が始まりました。
サイドシェルチェアは後から加わったサイズなんです。
この最初に届いたシェルチェアにより日本のプラスチック家具文化が発展したかと思うと見るだけでも感慨深いものがあります。
使い込まれたこの経年変化が逆に美しさを感じますね。
それにしてもこんなに貴重な存在を直接見れたのは幸せです。
撮影場所は竹中工務店のギャラリーエークワッドです。
この時↓に展示されていました。
写真撮影・公開は現場で許可を貰っています。
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