それにしてもインターネットやyoutubeでは相変わらず誤った知識や情報が広まっていますよね。
これでわかることは、人は正しい情報を求めず、自分にとって都合が良い情報を正しい情報と解釈するということです。
家具関係も本当に知識や経験をもって情報発信している人はほぼいません。
ということで、せめてここではなるべく正しい情報をお伝えするようにしますので、今回はミッドセンチュリーについてよくある間違いや誤解について記事にします。
あえて画像は無しで用語の解説もしませんのでご容赦ください。
ミッドセンチュリーはアメリカだけのもの
これはミッドセンチュリーの解説記事でも書きましたが、本来はアメリカだけと決められたものではありません。
もともとスカンジナビアンミッドセンチュリーやイタリアンミッドセンチュリーのように国や地域ごとでミッドセンチュリーデザインを分けて呼んでいましたし、ミッドセンチュリーというテーマで各国のデザインが一緒に扱われていました。
それがいつの間にやら北欧は独立した存在とブランディングされ、それに伴い各国ごとのミッドセンチュリーという呼び名が消えていきました。
ちなみにMOMAが発行した本を読むと当時はモダンデザインと呼んでいたようです。
ミッドセンチュリーは当時の暮らしを再現しているもの
これは私の見解では異なります。
例えば40-50年代のアメリカの主流なデザイン様式はヨーロピアンデザインです。
アメリカは移民の国ですし、基本的に自分の国の流儀を取り入れているのが普通だったようです。
50年頃にはロークラスの人たちはヨーロピアン家具を使い、ハイクラスはイームズの家具を使うという今だったら問題になる広告も存在します。
ケーススタディハウスのような環境はごく一部の金持ちの暮らしであり、それを当時の暮らしを再現とは言いづらいです。
そのケーススタディハウスもアメリカのデザインだけでなく、ドイツとデンマークの家具が多く見られます。
現に有名なイームズの家具は当時のアメリカでは発売当時は別に安価ではありませんでした。
ミッドセンチュリー期当時にアメリカの家具だけで構成された空間の方が少なかったでしょうから、だからこそミッドセンチュリーはアメリカだけのものではないはずです。
濃い色の木の家具を使っているのがミッドセンチュリー
これもそんなことはありません。
というより何故そんなイメージがあるのか謎です。
当時の暮らしについては先述の通りですし、ケーススタディハウスも特にそんな印象はありません。
50年代にアメリカの都市部では北欧ブームもあったそうです。
だから濃い色の木を使うのがミッドセンチュリーな訳ではありません。
プライウッドが新しい素材
これは本当によく誤解されていますが、プライウッドは第二次世界大戦時によって生まれた素材でもないですし当時の最新技術でもありません。
プライウッドの家具は19世紀の末には既に存在しますし、その当時に既にプライウッド一体成型の背と座を持った椅子も存在します。
チャールズ・イームズもサーリネンとともに30年代には45年に発表されたプライウッドチェアの原型のような椅子をデザインしています。
世界大戦前から曲面を持ったプライウッドの椅子は普通に存在します。(ドイツでも30年代にあります)
じゃあイームズ夫妻によるプライウッド家具の何が優れていたのかというと、それはデザインと量産力です。
ここで代表的な「アメリカのデザイン」が生まれたというぐらいのインパクトでしたから、エポックメイキング的なことが評価され現在に至ります。
その後のFRP素材の方が最新の素材です。
1958年に発行された本にジョージ・ネルソンは「合板は安物に見られる」というコメントを残しているぐらいです。
じゃあミッドセンチュリーとは?
これは基本的にミッドセンチュリー期に生まれたデザインを指す言葉なので、インテリア様式におけるミッドセンチュリーもミッドセンチュリー期に生まれたデザインが中心になっているかどうかだと解釈できます。
あるいはミッドセンチュリー期に実際に使われていたデザインを中心としたインテリアデザインです。
本当はそうした空間をモダンミックスと表現していたのですが、この呼び名はどこかに消えてしまいました。
私は好きなので今でもモダンミックスという表現はしますけどね。
ということで参考にしてください。
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