
そもそもデザインの本質とは、問題を解決することです。
その問題が「インフレ」であるならば、それを解決する方向に導くことこそが、デザインの役割ではないでしょうか。
しかし現実には、あらゆるものが値上げされています。
そして家具の世界でも、自己表現のようなデザインばかりが発売され、価格は上がる一方です。
これでは「何のためのデザインなのか」が見えなくなってしまいます。
デザインが「生活を支えるため」にあった時代
日本に「デザイン」という言葉がまだ存在しなかった戦後、乏しい物資や資源の中で、いかに生活を豊かに、便利にできるかを考えて製品が作られていました。家具も例外ではありません。
例えば、日本最初のプロダクトデザイナーとされる渡辺力氏は、安価に座り心地を実現するために「ロープチェア」をデザインしました。
コストのかかるウレタンやスプリングを使わず、座布団をそのまま流用できるという、非常に合理的なデザインです。
また、柳宗理氏は燃料を少なくするため、中央部をくり抜いてお湯が早く沸くようにした「ケトル」をデザインしました。
わずかな形状の工夫で、エネルギー効率を高めたその発想は、まさに「問題解決としてのデザイン」と言えます。
ほかにも、戦後の日本では「必要から生まれたデザイン」が数多く存在しました。例えば、剣持勇による籐家具は、当時手に入りやすい素材を用い、軽くて丈夫な椅子を生み出しました。これも、素材の制約を前提にした合理的なデザインです。
現代の家具デザインが「アート化」している問題
それに比べ、現代の家具は豊かさの象徴となり、製品開発の多くが「問題解決」ではなく「自己表現」や「高級化」を目的にしています。
しかし、これではもはやデザインではなく、もうアートの領域です。美しいですが、家具の本質とは少し離れています。
もちろんアートを否定するつもりはありませんが、家具というのは本来、社会主義的な存在──すなわち「みんなのための道具」であるべきです。
一方でアートは資本主義的なもの。限られた人のためのものです。
だからこそ、そこに橋を架けるのがデザインの使命ではないでしょうか。
インフレ時代にこそ必要な「価格を上げないデザイン」
いま、世界的にインフレが進み、格差が拡大しています。
もしそれを「社会の問題」と捉えるならば、それを解決する方向に導くデザインこそ、デザイナーの役割ではないでしょうか。
誤解があってはいけませんが、私は「値上げ」自体を悪いとは思っていません。
しかし、「値上げしなくても済むデザイン」を考えることが必要だと思うのです。
価格を維持するための工夫もデザインである
たとえば、ある家具メーカーは値上げをほとんどしていません。
理由は、既存のデザインを変えず、素材の見直しや梱包の工夫などによってコストを抑えているからです。
このメーカーのすごいところは、コストダウンをしていることが外からはほとんどわからない点です。
新しい梱包は以前より合理的で、なおかつ使いやすくなっています。素材は安価になっても、全体としての「使いやすさ」はむしろ向上している。
これこそデザインの力だと思います。
「値上げしない」という思想もまたデザイン
私自身も製品をデザインし販売していますが、まったく値上げをしていません。
5年前にデザインしたフットレストも、当時の価格のまま販売を続けています。
その理由は、インフレや資源価格の高騰を見越し、価格変動の少ない素材を徹底的に探したからです。
それでいて理想の素材を見つけたことで、現在まで価格を替えず、なおかつ頑丈で優れた使い心地を実現しています。
さらに、専用の梱包をやめることでコストを削減しました。
それでも品質は落とさず、むしろ「不要なものを削る」ことで、より本質的な製品になったと感じています。
デザインが「社会を助ける」時代へ
値上げが続く今、デザインはその状況をただ傍観するのではなく、「どうすれば価格を維持できるか」「どうすれば生活の負担を軽減できるか」を考えるべきです。
それこそが本来のデザインの役割であり、デザイナーが果たすべき使命だと私は思います。
デザインとは、単なる造形や装飾ではなく、社会の問題を解決するための知恵。
そして、インフレという現代の課題に対しても、その力を発揮する時代に来ているのではないでしょうか。
偉そうなつもりはありませんが、誰でも平等にこそデザインであるべきである以上、値上げに対しても向き合うことこそがデザインなのだと思いました。

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