
今回は、あくまで家具屋・インテリアショップに限った話として書きます。
この業界も他業界と同じく、深刻な人手不足に直面しています。
しかしその原因は単純に「人が来ない」ではなく、長年積み重なってきた構造の結果だと感じています。
特に大きいのは、求められる人材スペックの高さと、就職氷河期世代の使い潰しです。
まず、家具屋が求める能力は明らかに高すぎました。
店頭での接客販売だけが仕事だと思われがちですが、実際はそれだけでは終わりません。
配達や修理、設計、EC運営など、ほぼすべての業務に関わる必要があります。
そこに語学力やデザインへの理解が求められ、さらに家具について継続的に学び続けなければならない。
ひとりの人間が担う範囲としては、あまりにも広すぎます。
それでも長年この業界が回っていたのは、就職氷河期世代が支えていたからです。
長時間労働で何でもやるのにほぼ最低賃金、保険なしという環境が当たり前でした。
サービス残業は当然で、始業前の会議に賃金は発生せず、経費もほとんど使えない。
私自身がその世代なので、これは実感として言えます。
あの時代、家具屋やインテリアショップはまさに氷河期世代によって支えられていました。
他業界と同じだと思われるかもしれませんが、家具業界には特有の事情がありました。
それは強い憧れです。
ミッドセンチュリーブームの影響は大きく、90年代の裏原カルチャーを中心に、イームズをはじめとするモダンデザインは新しい世界の象徴でした。
当時の有名人たちが所有し、発信していたこともあり、家具業界は若者にとって華やかな場所に見えていました。
好きだから働きたいという人がいくらでもいたのです。(この時期のアパレルも似たようなものでしたが)
実際、私が働いていた頃は高学歴のアルバイトが珍しくありませんでした。
東京では私と同じ会社に早慶卒がバイトで働いていることも普通にありました。
就職氷河期という背景もありますが、それ以上に「家具やインテリアが好き」という熱量が人を動かしていたのだと思います。
氷河期世代はアルバイトすら落ちることが当たり前の世界でした。
私自身、高校生の頃に飲食店のバイトに落ちた経験がありますが、今では想像しにくい話かもしれません。
私自身も搾取されていました。
私ほど何でも器用に何でもこなす人なんてなかなかいません。
だって全部できるんですから。
それでいて休日なしで長時間労働で給料の一年半分支払われなかったこともあります。
ブラックの極みでしたが、働いている時はそれに気づかないもんなんですよ。
「なんでも経験だ!」と思っていました。
そんな私に当時の社長は指示や注意を普通にしており、給料すら払っていない私に一睡もせず夜中に荷物を抱えて車で京都に行って仕事してこいとかやらせてました。
私も疑問に思わずやってましたが、ブラック企業で働く人はその異常さに気づかないものなのです。
それに氷河期世代は仕事は辛いのが当たり前、叩かれた当たり前ということに洗脳され切った世代です。
給料がもらえるだけ良いという社会でした。
私はその給料すらありませんでしたが。
人がいくらでも集まる状況は、業界を慢心させます。
低賃金でも身を粉にして働く人がいるため、商売は簡単に回りました。
ヴィンテージ家具は豊富にあり、メーカーとの取引も容易で、ブームの追い風もありました。
売ること自体が難しくなかった時代だったのです。
しかし、その結果が現在です。
ブームの頃に財を築いた人は引退し、残った人たちは縮小や閉店を繰り返しています。
あまり世間には知られていないことですが、実店舗は辞められる方が幸せだったりします。
実店舗を続けること自体が苦しい状況なのに、辞めるにも体力や資金が必要で、それすら難しいケースもあり続けざるを得ない状況もあります。
こうした働き方は、結果として属人化を生みました。
特定のスタッフに売上が依存する構造ができ、店長が辞めると売上が大きく落ちるという状況が生まれたのです。
さらに、この業界には権威主義的な側面があります。
現場で働く人が評価されることは少なく、販売力を持つ人材が軽視される傾向があります。
法人取引にもブラックな慣習が多く、これについてはとても公では書けない話があるので伏せておきます。
低賃金で人を使い潰してきた結果、今は家具やインテリアへの強い熱意だけで働こうとする人はほとんどいません。なぜなら若年層の上の世代の氷河期世代が憧れられないからです。
待遇が良くない業界に人が集まらないのは当然です。
また、今までのように家具やインテリアに熱い気持ちだけで働く人がいない以上、他業界に比べて待遇が良い訳でもない家具業界が、他業界との人材競争で不利になるのは当然です。
その結果、集まる人材の質が変化していくのは避けられません。
現在の業界を見ていて感じるのは、人材の質というよりも「姿勢」の変化です。
自分の経験と比べると、根拠のない自信だけが先行し、知識や経験を積み上げる前に評価を求めてしまう傾向が強くなったように思います。
かつては未熟であっても、周囲への敬意や学ぶ姿勢が前提にありました。
知識や技術は後からでも身につけられますが、その姿勢がなければ成長は難しいものです。
今はその前提が弱くなり、結果として現場の力が育ちにくくなっていると感じます。
さらに、経験不足を補うための地道な販促や改善ではなく、短期的な数字を追う手法に頼る場面も増えました。
代表的なのが安易なセールの頻発です。
本来、家具は頻繁な値引きで動かす商品ではありません。
価値を丁寧に伝える努力を省き、価格だけで動かそうとする姿勢は、長期的にはブランドも利益も損ないます。
こうした変化の背景には、業界が長年「やりがい」に依存して人を支えてきた構造があるのだと思います。
好きだから頑張る、経験になるから耐える。
その前提で成り立ってきた仕組みが限界を迎え、今になって歪みが表面化しているのです。
現在の業界では属人化を避けるため、店頭スタッフは誰でもよい存在になりつつあります。
販売はマーケティング頼みになりましたが、その手法も他業界で失敗したものを後追いしている印象があります。全体として数十年遅れている感覚すらあります。
そんな氷河期世代にも良い点はありました。
景気の良かった世代から直接知識を学び、歴史を知ることができたことです。
ただし、それが売上につながるわけではありません。多くは時代が良かっただけで、経営能力とは別の話だからです。
また、それが氷河期世代の不幸のひとつでもあります。
良い話だけを聞かされて、自分たちはその恩恵にあずかることが出来ず、上の世代からは頑張ってない扱いをされる。
それにしても若い時に虐げられて、今も虐げられて、おそらく老人になった時も虐げられる。
氷河期世代は本当に不遇な世代だと思います。
家具業界の人手不足は、突然起きた問題ではありません。
長年続いてきた働き方と構造の積み重ねが、ようやく表面化しただけです。
そして一度失われた人材と信頼は、簡単には戻りません。
この流れはもう止まらないのだと思います。

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