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旅系YouTuberはなぜ外国を貶すのか|優越感ビジネスと排外主義、そして旅の形骸化について

旅系

気づけば、私のYouTubeはすっかり旅行系動画専門になりました。

これからもさまざまな国や街へ行く予定ですし、その記録は今後も発信していきたいと思っています。

ただ、その一方で、いわゆる「旅系YouTuber」「旅行系インフルエンサー」と呼ばれる人たちの動画を目にするたびに、強い違和感と嫌悪感を覚えるようになりました。

正直に言えば、質が低いという次元を超えて、失礼で、幼稚で、社会性を欠いた動画があまりにも多いと感じています。

これは特定の誰かを名指しで批判したいわけではありません。

旅動画というジャンル全体が、いつの間にか歪んだ方向へ流れてしまっている、その構造そのものに対する問題提起です。

 

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サムネイルとタイトルが煽動装置になっている

まず最初に感じるのが、サムネイルとタイトルの異常さです。

動画主本人の顔を過剰に大きく配置し、そこにネガティブな言葉を貼り付ける。

この形式が、ほぼテンプレートのように使い回されています。

  • やばい
  • 二度と行かない
  • つまらない
  • 行かない方がいい
  • 狂っている
  • 最悪
  • 最低だった
  • やばいことが起きた

どれも刺激だけを狙った言葉で大きくサムネに使います。実際にそれほど最悪なことが起きているわけがないのに。

そして検索結果に、不機嫌そうな顔や無表情な顔がずらりと並ぶ。

その光景自体が不快で、私はYouTube検索をほとんど使わなくなりました。

 

さらに深刻なのは、現地の人の顔をモザイクなしでサムネイルに使っているケースが珍しくないことです。

サムネは動画内に顔が映りこむのとはわけが違います。

後述の通り外国人を同じ人間だと思っていないので許可がいらないし晒して良いと判断しているからです。

 

外国人を「人間」として扱っていないという違和感

特に強く記憶に残っているのが、フィンランドを扱った旅動画を見かけたときのことです。

タイトルやサムネイルは貶し系で、「世界一幸せな国」という前置きをしながら、汚れた場所や暗い側面ばかりを切り取っていました。

それだけなら、まだ編集の偏りとして理解できなくもありません。

しかし、その動画では、道端でキスをしている現地の人を、モザイクもかけずに映していました。

それを見た瞬間、私ははっきりと感じました。

 

この人たちは、外国人を人間として見ていないのだと。

 

尊重の対象ではなく、単なる「ネタ」や「素材」として消費しているだけだと思います。

もし相手を人間だと認識しているのであれば、私的な行為を無断で晒すことなどできるはずがありません。

それは、動物の交尾を撮影して公開するのと、感覚的には大差がない行為だと感じました。

 

旅ではなく、外国を見下すための娯楽

多くの旅系YouTuberには、自分が「評価する側」であるという無自覚な意識があるように見えます。

外国は採点される場所であり、外国人は批評の対象であり、下にいる存在だという前提が透けて見えます。

日本語、日本社会の中で好き勝手に振舞っても、言葉も文化も異なる海外であれば、相手から反論されにくい。

その環境を利用して、マウンティングをしているだけだと私は思います。

経験も社会性も乏しいまま、ただブラブラしている人間が、外国人を相手に優越感を得る。

その行為が「旅動画」として成立してしまっている現状には、強い違和感を覚えます。

 

数字が正義になる資本主義と、その歪み

YouTubeというプラットフォームでは、数字がすべてです。

登録者が多ければ正義になり、再生数が回れば評価されお金になります。

その結果、ネガティブな表現、過激な言動、エロや違法行為スレスレの演出が横行します。

それらが「旅系」というラベルを貼られて消費されているのが現実です。

これは社会を確実に悪くしていると思います。

そして、動画を作る側だけでなく、見ている側も同罪だと感じます。

人を貶し、外国を笑いものにし、そこから一瞬の優越感を得たいだけです。

 

「正直」「本音」という言葉で正当化される幼稚さ

こうした動画を擁護する際によく使われるのが、「正直な感想だから」「本音を言っているだけだ」という言葉です。

しかし私は、それ自体が非常に幼稚だと思います。

子どもが料理を食べて「まずい」と言うのと、ほとんど変わりません。

背景や事情、なぜそうなっているのかを考えることもなく、気に入らなければ否定する。

それを正直だ、本音だと持ち上げる風潮には、強い違和感があります。

理解しようとしない人ほど、低評価をつけ、攻撃的になります。

なぜそうなっているのかを想像できないのは、経験がないからだと思います。

 

排外主義と「優越感ビジネス」が噛み合う構造

なぜこの手の動画がウケるのかを考えると、いまの日本社会に蔓延している排外主義と強く結びついているように感じます。

外国を貶すことで、「自分のほうがマシだ」と安心できる。

海外に行ったことのない人が、行かない自分を正当化するために消費している側面が大きいと思います。

それは旅でも文化交流でもありません。ただの侮辱の連鎖です。

 

旅動画という矛盾|パスポート保有率17%の国で

日本人のパスポート保有率は約17%と言われています。

つまり、海外に行ったことがある人は少数派です。

それにもかかわらず、YouTube上には大量の旅動画が溢れています。

その多くは、実際に旅をする人のためではなく、「どこにも行かない人たち」に向けて作られているように見えます。

本来、旅の魅力を伝えるはずの動画が、「海外は危ない」「行かないほうがいい」という安心材料として消費されている。

この倒錯には、強い違和感を覚えます。

だから旅系は実際に海外に行かない人向けの方が数字が伸びるという矛盾があります。

 

つまらないと貶す人間が、実は一番つまらない

異なる環境に行けば、道端の石ひとつ、看板ひとつでも面白く感じるものです。

音、匂い、空気感、そのすべてが違います。

夕日はどこで見ても美しいです。

それに気づけず、「つまらない」と言い切ってしまう人は、場所ではなく感受性の問題だと思います。

理解できないものを切り捨てる行為は、自分の想像力の欠如を他人のせいにしているだけです。

 

親切にされない理由を他人のせいにしない

言語も文化も理解しようとせず、日本と同じ対応を当然のように求めて、「冷たい」「対応が悪い」と文句を言うのは傲慢だと思います。

親切にされなかった理由が、自分にある可能性を一度でも考えるべきです。

別に言語能力が無くても振る舞いひとつで相手の対応は変わるものです。

基本的に旅系と呼ばれる輩は総じて大人ではないので態度も振る舞いも悪いです。

 

まとめ|旅行とは評価ではなく、理解する行為だと思います

旅行とは、上から目線で評価することではありません。

ましてや外国や外国人を貶すことでは絶対にありません。

違いを面白がり、理解しようとする行為だと私は思います。

外国を貶して優越感を得る動画は、旅でも情報でもありません。

ただの幼稚なマウンティングです。

 

本当に旅が好きなのであれば、まず相手を人間として尊重するところから始めるべきだと、私は思います。

 

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